個人的には大好き
数学者・物理学者として天才だったパスカル。思想家としても、「人間は考える葦である」の言葉で有名です。病弱なパスカルが絶望的な病魔に打ちひしがれながらも、何とか前向きに考えようとした姿勢が伺えます。だからこそ「考える葦」という言葉が希望を伴ったものとして見えてくるのです。個人的には大好きですが、全体的に暗いため好き嫌いは分かれるでしょう。
「パンセ」の後半は宗教についての考察が主なので、聖書をあまり知らない私にとってはそれほど面白くありませんでした。でもせっかくですから、1巻とあわせて通して読んでみたらどうでしょうか。1巻の理解が深まる箇所もあります。
なお、本書が完成されるのを待たないままパスカルは亡くなってしまいました。ですから、本書は散文的になっています。中には矛盾に見える箇所もあります。
死を想え
「人間は考える葦である」とのあまりに有名なフレーズは、その前後を知ることで、感動を
果てしなく増幅させる。パスカルのことばにしばし耳を傾けてみよう。
曰く、「人間は一本の葦でしかない、自然の中で最も弱く、しかし、考える葦である。……
宇宙が人間を押しつぶそうとも、人間はなお己を殺すものよりも高貴なものであり続ける
だろう。なぜなら、人間は己が死することを、そして、宇宙が人間に勝るということを
知っているから。宇宙は何も知らない」。
読みどころはそれだけではない。「パスカルの賭け」なるあの議論が披露されるのもこの
テキスト。自然natureとはすなわち人為に他ならぬとの洞察は見事。ページをそれとなく
めくれば、あまりに端的で、あまりに鋭いアフォリズムがそこかしこに鏤められている。
死を想え Memento mori。
狂気と天才は紙一重、ということばはパスカルにこそふさわしい。鮮血の苦悩を注ぎつつ、
愚直なまでに知を以って、己を切り裂き駆け抜けた生涯、宇宙に対する優越を謳う、まさに
その知を以って。
そんな胸の詰まるまでの苦悩、孤独、儚い希望が凝縮された感動的な名著。
生涯、心に残る本
17才くらいのときかな、初めて拾い読みした。読みにくいところは飛ばして、おそらく半分くらい読んだと思う。そのあとも、おそらく通読はしたことがないと思うけど、いつまでも心に残る本であり、折に触れてパスカルの名言が脳裏に去来する。どこから読み始めてもいいし、拾い読みしかしなくてもいい。断片の文章を集めただけのものだ。でも、どれもこれも名言。
好きだ!
絶対的に磐石なものなどなく、全ては不安の中で移ろっていく。 しかし、それは悪いことではない。 誰がどこで何をどのように考えているのか、それは思いも付かない。 だからこそ、そのことを念頭においておくべきなのだ。 それは思い遣りである。それは優しさである。パスカルは周知の通り、数学者でもある。 全てが不安定だからと言って、そこで全てを投げ出してはいけない。 スコラ哲学のような神学的秩序を作るのも面白い。 それが絶対ではなく、相対的で不安定でも構わない。 それはそれで面白い。 面白いと思った感情は、それはそれで立派なものである。 私はパスカルを読んで、面白いと思う。 パスカル、シェイクスピア、セルバンテスは近代の本質を、 それぞれ表していると思う。 そして、彼等のことを思うと、私は日本の世阿弥を思い出す。 世阿弥もお勧めです。
銀座のバー、パンセは哲学する場所か?
科学と宗教的真理が同居していた時代の頭脳のツブヤキ。 背景も素敵。 1623 パスカル誕生 日本で桂離宮が建設されたり、長崎出島&島原の乱が起こって いる江戸初期。ヨーロッパではガリレイが地動説を唱え、ベラスケス やレンブラントが写実美を競い、三銃士がルイ14世やらリシュリュー と戯れ、アメリカではハーバード大学が創始されたころ、日本では 伊勢参りが流行。 学校には一度も行かず、父親が英才教育。 1640 17歳でパスカルの定理発表。 7年後24歳で真空の定理を発表するころ、日本では三味線、 日本画が発達。科学の追及とピューリタン革命、魔女狩りへと 続く宗教対科学の戦い、近代への足取り、市民階級の誕生といった 世界史の流れから浮き上がり、独自の進化を遂げた日本の江戸時代 をも意識させる時代。 1662年 39歳で死亡。 幾何学に与えたその影響に感嘆しつつ、 科学の言葉をしゃべる人間と、一般、宗教の言葉を操る人間と一般を つぶやくようにつづる文体に愛着と友情のようなものを感じる。
中央公論新社
パスカル―痛みとともに生きる (平凡社新書) 方法序説 (岩波文庫) 形而上学 下 岩波文庫 青 604-4 エチカ―倫理学 (上) (岩波文庫) 形而上学〈上〉 (岩波文庫)
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